信仰とは何であるかに関する考察
信仰について「不可能な証明」を用いて考察。
ルートヴィヒ・ウィトゲンシュタインの「答えが言い表しえないならば、問いを言い表すこともできない。(中略) 問いが立てられうるのであれば、答えもまた与えられるうる。」という言葉から、「不可能な証明」というのは、命題として与えられ得ない、確定性のパラドックスはそれ自体が「破綻した問い」であるということができると考えた。
「破綻した問い」「不可能な証明」とは例えば、死後の世界の実在を確認できるか、といったような証明を指すのだが、こういった不可能な証明、破綻した問いについて人間が取ることのできる選択は、「それが正しいと信じること」か「解なしで命題は成立しないと卓をひっくり返すこと」のどちらかになると考える。これが信仰の原点であると。
「盲信」の本質とはこの信仰の本質とは少し異なって、抑々で不可能な証明にまで辿り着いておらず、「命題が成立し得るかどうか」を検証せずにそれが絶対に成立すると断定するのが盲信することである。
これらのことから、「信仰とは合理と理性の行き着く先でもある」と考えられるが、盲信とはその対極にあると考えられる。このことは科学をやっていても、特に最新の未完成の科学分野では、「どの理論を信じるか」という状況が発生することから分かる。