創作物に於けるリアリティについての見解
架空世界や架空言語の創作に於いて,音名や曜日の数をどうするか等の議論を見ているときに思うが,論理的妥当性があるなら現実世界と被るのも良いと思うのだよね。«完全架空な世界ならあれこれは現実と違うはず!»と主張するのはいいが,大事なのは«どうして然うなのか»であって,結果ではないよなあ。
現実世界と異なる物を作るのが«リアリティのある創作»だと思っているのか。重要なことは現実のある事象と被ることを恐れるなということだ。脳死であれこれも違うはずと主張するのは,何も考えていないに等しい。
例えば象形文字が基の或る文字があったとして,現実と同じ物を象って文字にしているならば,ある程度は似た形の物が生まれるのは仕方のないことであって,ここで独自性だの脳死のリアリティだのを理由にしてこれを変えるのは,論理的でない。然うなる理由があるなら似てようがなんだろうがリアルだよ。