神のイコンとしての人間と忍耐に関する想念と嘆き
私の境遇が幸福ではないのならば,一体この世の誰が幸福であろうか。というのも,私は神の肖像を模して創造された神の作品であり,神のイコンとしてこの世に存在させられたことは幸福なことである。更に主に従えば永遠の生命を約束されている。その人間という存在に創造された,これ以上の幸福はない。然しこの身に降りかかる苦難は矢張り苦しみを伴うものであり,この脆弱な身ひとつでは到底耐えきれない。然し思うのだが,活動家が美術品を汚してプロパガンダを行うとき,その美術品は«忍耐»しているといえるのではないかと。彼等は身を汚されボロボロになりながらも,嘆きをこぼさないのだ。我々も神のイコンであるから,そのイコンを汚す者は願わくは罰せられるように。然し我々も同様に,イコンとして神の肖像を汚さないように振る舞わねばならない。皇帝の美しき絵画は劣化しようとも皇帝の威厳を明美に表すように,我々も強くあらねばならない。