理性と合理と自由に関する命題
理性無き自由は暴走し,合理無き平等は腐敗し,信無き多様性は崩壊する。智は理性の内に,義は合理の内に,信はその超越にある。同様に自由は理性の内に,平等は合理の内に,多様性はそれらの超越にある。故に理性と合理の成熟無くして自由と平等は無く,また信と多様性もそこには無い。
この命題に至ったのは一昨日のことだが,定理化できるほど自明ではない上に,この文脈では自由とはどの種類の自由を指すのか,また信は特定の宗教的信仰を指すのか,という疑問を生んでしまう。しかし改良の余地はあるとは思うが。
というのも消極的自由は必ずしも理性を前提とするものではない為,この類の自由を語るにはこの命題は十分ではない。またここで«信»は理性では理解できないものを理性の放棄なく受け入れる=寛容であるが,トマス・アクィナス的発想に近く,特定の宗教や思想を指すと解釈されると多様性と矛盾するので。