実数の概念の本質に関する想念

実数について,1=0.999999…というのは有名な話だが,考えてみればこれは事実であって,この事実を受け入れるのは高度文明の象徴として美しいな。
これで我々が混乱するのは十進表記そのものを数の本質だと思っているからで,実際にはどういつの実数の概念に異なる十進表記が存在しているだけである。
例えば«りんご»と«リンゴ»と«林檎»はどれも異なる単語で異なる表記だが,それが表している概念は同一のものである。同じように,実数の本質としての«1»に1, 0.999999…等の異なる十進小数展開が存在しているだけである。
若しこのことを否定すると,
1/3 × 3 = 1を否定する必要がある。
1/3 = 0.333333…だが,
1/3 × 3 = 0.333333… × 3
1 = 0.999999…
であるからである。
〈問い: エールフレットに取り入れるとして、数の概念自体を表すものを作るとかになるのか?〉
いや,新たな表現は別の表記を増やすだけであり,概念そのものを記述することは不可能。神のイコンが神御自身ではないように,数を表すものも数そのものではない。詰まり,実数の概念そのものを記述することはできないと容認することこそが,高度文明の証足り得る。