無神論に関する想念
無神論者もまた神への回帰という信仰を持っている,ということに気づいていない。論理的でないことを存在しないとし,それを«信じる»ことは一種の信仰に他ならず,信仰と無神論は対称な二つの信仰でしかなく,表と裏に違う名前がついているだけにすぎない。
理性の限界の壁では必ず肯定か否定のどちらかの«選択»が生じるが,この選択は理性で測れないことにどちらかの評価を与え«信じる»という行為であり,これは信仰なのである。故に理性の限界にこそ信仰があり,人間は何らかの信仰なしには生きられない。
cf., 哲学の破綻から導かれる信仰の論理草案